Vol.229 張り紙 〜課長の生き甲斐〜
課長に昇進した友達から、内祝いを兼ねてラーメン屋に誘われた。
「大企業の課長になったのだから料亭くらいには呼べ」 と言ったところ、彼はラーメンにすり下ろしニンニクをボトル1本ブチ込み、「いやだ」 と答えた。
ひたすら貯金した金は子息の塾と細君の服に消え、本人は一昨年買ったスーツに自分でアイロンをかけているという。どうりでスラックスに折り目が2本ついているわけだと思ったが、ささやかな楽しみだった会社の女性とのチャットもバレ、自宅でのメールが禁止されたという。 おまけに昇進の際の健康診断で、尿酸、体脂肪率など、基準値を超越した数字が出たらしい。
課長はスープを飲み干し、ニンニク臭い息をハーッと吐いたあと、今後の人生は自分のために使うと高らかに宣言した。
まだ帰りたくないという課長を説得し、駅に向かって歩く途中にうらさびれたホテルがあった。玄関ドアの横には白い紙が貼ってあり、朱色の墨で「裏口あります」と書かれていた。
こんなイヤラシイ張り紙は見たことがないと、ホテル前で盛り上がったが、じきに寒くなった。
松井政就
'08.2.19
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