Vol.286 気前の良い男
約1年ぶりに吉野家に行った。
相変わらず味が薄く、タレが昔に戻るまで5年はかかるだろうなと思いながら食べていると、2人の男が入ってきて向かい側に座った。
「今日は俺のおごりだ!」
そう言って一人が威勢良く東スポを広げた。
連れの男は頭をちょこんと下げ、
「悪いっスねえ。マジでいただいちゃいますよ」
「おう。好きなもの注文しろ」
何だか知らないが、気前の良さそうな客だ。
店員がお茶を出すと、連れの男が注文した。
「特盛りと味噌汁と卵ください」
すると東スポの男が顔を上げ、
「おめえ、普通のやつにしろ」
「でもさっき、好きなもの注文しろって……」
「いいから普通のにしろって言ってるんだ」
「じゃあ、並にしてください」
東スポの男が「俺にも並をくれ」と言うと、店員が「味噌汁と卵はどういたしますか?」と尋ねた。
すると東スポの男は
「そんなものは要らん」とひと言言い、連れに向かって「お前も牛丼だけにしろ!」
連れはうなだれ、
「じゃあ、ぼくも牛丼だけにしてください」
気前の良い男は東スポをシャッ!と音させ、ページをめくった。
松井政就
'08.10.16
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