Vol.293 中年よ大志を抱け! 〜成人病課長はエリザベス女王杯が当たるのか?〜
先週のことである。
成人病で死にそうだと嘆いていた某大企業の課長が、ついに会社を休んだ。病気療養のためではない。ぼくと動物園に行くためである。
「仕事ばかりで動物性を失ってしまった」と言うので、「一日で動物性を取り返してやるぞ」 と動物園に誘ったのだ。不眠不休のカイシャ人間だった彼が会社を休んだので、てっきり大雨になるかと思いきや、空の蓋が外れたかのような快晴だった。
「スマトラ虎」のオリの前に立ち、課長は「三国志みたいだ」と言うので、きっと山月記の間違いだろうと思って指摘すると、そうだったと頷いた。
やがてゴリラの庭で立ち止まった。ゴリラが一度食べた草を吐いて、それをまた口に戻して噛んでいた。それを見ていた課長が突然、「今週は何ていうレースがあるんだ?」と訊いた。競馬などやったことがないのだが、ふと口を突いて出たようだ。
「アルゼンチン共和国杯だよ」
「どういうレースだ?」
「まあ、中ぐらいの馬が出るレースだ。社長クラスじゃなく、課長クラスの馬たちだ」
その説明に一瞬ムッとした表情を浮かべた課長だが、「よし!買ってみる」と目を輝かせた。「何を買えばいい?」
「ぼくは7枠を買うつもりだ」
「何て馬が入ったんだ?」
「まだ枠が発表されていないよ」
「何だって? 馬も決まってないのに何で7枠とわかるんだ?」
「いいじゃないか。医者だって、知らない患者を診るだろ」
日曜日の午後、新宿ウインズにいると課長から電話が掛かってきた。
「馬券て、どうやって買えばいいんだ?」
仕方ないので代わりに枠連2−7を買ってやった。
翌日の夜、課長は豚カツ2枚にビールを飲み干し、
「糖尿病なんか屁でもねえ! 中年よ大志を抱けだ」と言った後、「今週は何が来るんだ?」
ぼくはニヤリとした。
彼もニンマリとし、おかわりのビールを注文すると、
「何だかわけがわからんが、今週も頼むぞ!」
松井政就
'08.11.13
|