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Vol.310 共有した奇跡 〜一緒に戦った15日間の初場所〜
大歓声の中、白ぶさ下に白鵬を追いつめた朝青龍が渾身の力でつり出しを決めた瞬間、「奇跡って本当に起きるんだ」と思った。
朝青龍が土俵に上がり続ける限り、最後までその姿を見届けようと思い、初日から毎日土俵を見に行ったところ、あれよあれよという間に千秋楽となり、最後には想像もしていなかった幕切れが用意されていた。
<土俵入り>
周りの人からは、どうして朝青龍をそんなに応援するのかわからないと言われ続けた。ぼくはそのわけを言わないつもりだった。しかし、今回は言おうと思う。
いかに本人に落ち度があったとはいえ、あれほどマスコミに叩かれ、あれほど世間から総スカンを食らい、土俵の下から、負けちまえとヤジが飛んだりすれば、並の人間ならばくじけてしまうだろうし、へこたれて逃げ出してしまうだろう。
もちろん朝青龍の流儀には、古くからの伝統とは相容れない部分もある。しかし前例のない非難にさらされながら、それを跳ね返して戦う精神力と勇気は、ぼくを含めた今の日本人に最も欠けている点だと感じていた。あれほどのたくましさをもった人間が他にどれだけいるだろうかと考えると、朝青龍を批判している場合などでは全くなく、むしろ彼の行動の裏にあるそうした精神力に学ぶチャンスに他ならないと思っていたのだ。
そんな横綱・朝青龍が引退の瀬戸際に立たされていた。ぼくは仕事を全て午前と夜にシフトさせ、毎日土俵まで応援に駆けつけた。
そして運命の千秋楽を迎えた。
<優勝決定戦>
優勝決定戦。朝青龍が白ぶさ下に白鵬をつり出した瞬間、屋根が落ちて来そうなほどの大歓声がわき起こった。周りには涙を流して抱き合うファンもいた。その向こうに、涙を拭きながら花道を帰っていく朝青龍の姿が見えた。何年間も朝青龍を見てきたが、彼の目に涙が浮かんだのをぼくは初めて見た。
<表彰式>
表彰式を土俵溜まりで見ていると、朝青龍が漸くリラックスしてきたのわかった。
ぼくは土俵下から手を振り、
「朝青龍! 優勝おめでとう!」
と叫んだ。
すると朝青龍はニヤリと笑って(上の写真)、ぼくに向かって手を振ってくれた。信じられなかった。鬼の横綱が目を合わせて手を振ってくれるなんて。ぼくが15日間毎日応援に来ていたことなどもちろん知るはずもないが、窮地の初場所をぼくも一緒に戦ったんだという達成感のようなものが残った。
表彰式の後、知人らから祝杯をあげようと誘われたが、ぼくは丁重に断って帰宅した。15日間の朝青龍の取り組みを思い起こしながら、一人で酒を飲みたかったからだった。
朝青龍、おめでとう。
松井政就
'09.1.26
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松井政就(まつい・まさなり) 作家。中央大学早退。主な作品『賭けに勝つ人 嵌(はま)る人』(集英社新書) 『NO.1販売員は全員フツーの人でした。でも、売上げ1億円以上!なぜ?』 『経済特区・沖縄から日本が変わる』 『ディーラーホースを探せ』(光文社) 『神と呼ばれた男たち』等。作品作りの傍らカジノプレイヤーとして海外を巡るほか、ビジネスコンサルタント、大学講師などを務める。
http://tjklab.jp/ |
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