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Vol.320 臭いトイレに戻れるか? 〜まともな人間に返った課長〜
知り合いの課長から「会社を辞めた」と電話が来た。とにかく酒を浴びるほど飲みたいという課長(元課長)だが、バカにダサい格好で現れたのでお気に入りの店に行くわけにはいかず、近所の食堂にした。(食堂のおやじ、すまん)
元課長が勤めていたのは某大会社で、一時は世間のあこがれに見られていたが内情は北朝鮮のようだったという。最近はメールもすべて人事にチェックされていたそうだ。なぜそれがわかったかというと、元課長が社内の女性と逢い引きの約束をメールでしたところ、人事に呼び出され、プリントアウトした逢い引きメールを突きつけられ、「業務離脱と会社設備の私用行為」だと厳重注意されたからだ。すべては筒抜けだったのだ。
「恐ろしい会社だな。自由恋愛もできないのか」
「そういう意味じゃない、業務外のことをやったから注意されたんだ。逢い引きそのものは注意されていない」
「なんだ、いい会社じゃないか」
「キミと話すと、どうも趣旨がズレるんだよな」
その会社はひどい監視社会で、上司が部下の行状を人事にチクれば、部下は上司の不倫や不正をチクるなど、共産国顔負けの密告社会だったという。
「よっぽど暇なんだな。まるで新興宗教の内部と同じだよ。でも、あんないい会社はないって自慢してたじゃないか」
「恥ずかしいが、おれもあそこを出て初めて異常さがわかったよ」
「やっと自分のトイレの臭さに気づいたわけだ」
「どういう意味だ?」
「みんな自分のウンコは臭くないと思っているけど、あれは慣れちゃってわからないだけなんだ。その証拠に、自分が出た後のトイレにもう一回戻ると、やっぱり臭いんだ。外の空気を吸うことで、鼻が正常に戻るからなんだ」
ぼくがそう言うと、元課長は「やっぱりあの会社に戻るべきじゃないな」と呟いた。まだ戻る気が残っていたことに、洗脳の恐ろしさを痛感した。
松井政就
09.3.12
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松井政就(まつい・まさなり) 作家。中央大学早退。主な作品『賭けに勝つ人 嵌(はま)る人』(集英社新書) 『NO.1販売員は全員フツーの人でした。でも、売上げ1億円以上!なぜ?』 『経済特区・沖縄から日本が変わる』 『ディーラーホースを探せ』(光文社) 『神と呼ばれた男たち』等。作品作りの傍らカジノプレイヤーとして海外を巡るほか、ビジネスコンサルタント、大学講師などを務める。
http://tjklab.jp/ |
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