松井政就の週刊日記 『よく遊び よく賭けろ』 |
Vol.383 高橋大輔 魂の演技! |
〜バンクーバーオリンピック現地レポート 男子シングルショートプログラム〜 <フィギュア会場のパシフィック・コロシアム> いよいよ始まったフィギュアスケート男子シングルショートプログラム。 ぼくも会場のパシフィック・コロシアムにやってきて激戦をまのあたりにした。 トリノ五輪金メダリストのエフゲニー・プルシェンコが登場すると会場は興奮は最高潮に高まった。 トリノ後に一度引退したものの、その後の2年、4回転ジャンプを避けて、安全策をとった選手ばかりが優勝した男子フィギュア界を憂い、電撃的に復帰し、その姿に世界が注目していた。 プルシェンコは宣言通り4回転を鮮やかに跳んだ。たしかに素晴らしいのだが、ぼくの目には、その後のステップやスピンが本調子のプルシェンコとは違い、 若干物足りなく映った。いっぽう、演技が終わると観客は総立ちになり、大歓声を送った。あたかも優勝が決まったかのような雰囲気で、ぼくの目がおかしいの かと思った。ショートプログラムの得点は90.85。 その後整氷をはさみ、いよいよ日本のエース高橋大輔選手が登場した。膝十字靱帯の断裂という致命的重傷から、文字通り奇跡のように復活してこの舞台にま でたどり着いた。NHK杯も全日本もそうだったが、ぼくは祈るような気持ちで演技を待った。 ショートプログラムはcobaの「eye」。高橋のもつ大人の色気とフェロモンをまき散らして踊る、まさにこれが高橋大輔だという作品。それを五輪の舞台で見ることが楽しみでならなかった。 演技が始まった。 まずは冒頭の3つのジャンプを無事に成功。他の選手ならこうしたジャンプが見せ場だが、高橋の見せ場はここからだ。彼にしかできない、まるでアイスダンスの手本のような優雅で華麗なステップが始まった。 ド派手な動作もせず、過剰過ぎる演出もせず、「音楽をいかにスケートとシンクロさせて表現するか」というフィギュアスケート最大の魅力を引き出しながら滑っていった。 ところが、見ていたぼくは、突然、不安に陥った。場内が静かなのだ。プルシェンコの時とは違っている。演技に引きこまれているのか、それとも、派手な演 出好きの北米の人にはうけないのか、明らかにプルシェンコの時とは雰囲気が違うのだ。 五輪なのだから、当然緊張しただろう。高橋選手から、いつものように大量にはフェロモンがほとばしっていなかったようにも見えた。本来ならもっと躍動感あって、伸び伸びとステップを踏んでいるだろうと思った。 それでもなお、ぼくの目には、間違いなくスピンとステップは高橋選手のほうが上に見えた。 「彼の芸術性が、どうか通じてほしい」 ぼくは祈るような気持ちになっていた。 演技終了。 すると、静かだった会場から大歓声がわき起こった。観客たちは高橋選手のすばらしさをわかってくれたのだ。 得点が表示された。90.25。プルシェンコとたった0.6点差。4年の歳月を経て、絶対的な王者を、ついに高橋選手が射程圏内にとらえた瞬間だった。 <大歓声に手を振る高橋大輔選手> P.S.興奮のあまり、ぼくはこの後熱を出し、宿で寝込んでいる。 フリーの行われる18日までには治したい。 松井政就 '10, 2. 16(バンクーバー) |