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松井政就の週刊日記 『よく遊び よく賭けろ』

Vol. 385. 史上最高の激戦 浅田真央VSキムヨナ

バンクーバーオリンピック現地レポート(3)
 女子シングル ショートプログラム〜

 バンクーバーオリンピック最大のイベントとも言われる、フィギュアスケート女子 シングルが始まった。たった3ヶ月生まれるのが遅かったためにトリノオリンピックに出場できなかった浅田真央とキムヨナの二人の選手。史上稀にみるハイレ ベルの戦いになるだろうと大方は予想していたが、ショートプログラムから想像以上の激突となった。

 浅田真央選手がリンクに登場した時、ぼくは彼女の表情に注目した。全日本選手権の時はかなり緊張した表情をしていたが、今回はぼくの目には平穏でおだやかな表情に見えた。

 真央選手が演技開始の姿勢を取ると会場は静まりかえった。その静寂は、トリプルアクセルがきれいに着氷した瞬間、大歓声へと変わった。
 彼女の顔が笑顔に満ちていくのがスタンドからも良く見えた。それは、シニアに上がったばかりの時と同じような、天真爛漫な笑顔に見えた。きっと日本中の真央ファンが見たかった待望の笑顔だったことだろう。
 結果は、真央選手本来の高得点が出て、ベストの内容と思った。

 ところが戦いの本番はここからだった。
 続くキムヨナ選手が精密機械のようなジャンプを決めると、真央選手の演技で盛り上がっていた会場のボルテージは更に上がった。そして北米オリンピック仕 様の007のテーマに乗ったストレートラインステップが始まると、会場の興奮は頂点に達した。結果は真央選手を4.72点上回る高得点。
 今期、ショートプログラムでは歴代最高をたたき出しているヨナ選手が、オリンピックの舞台でもその実力を見せつけた。

 「4.72点差」。果たして逆転可能なのか。

 その答えを探すため、今朝の公式練習を見学に行った。練習でもともに最終グループで登場してきた二人の練習は、好対照だった。真央選手がトリプルアクセ ルを繰り返し成功させるのに対し、ヨナ選手はジャンプがいつもより不調で、いらだつ場面が見えた。

 ここだけ話すとヨナ選手が不調であるかのように取られてしまわれがちだが、実はショートプログラムの前日練習で、ヨナ選手は不調だったものの、本番は見事に決めている。

 完成度の高さを武器にしたキムヨナ。そして、まだオリンピックの女子で誰も成功させたことのない大技を武器に蘇ってきた浅田真央。どちらに栄冠が輝くか は、やってみなければわからない状況まで、真央選手のひたむきな努力で持ち込んだというのが、決戦を前にしてのぼくの思いだ。
 どちらも本来の力を存分に発揮し、最高と最高をぶつけ合う、素晴らしい戦いになってくれることを願っている。高橋君の時と同様に、大きな日の丸を振って応援したい。

 最後に、忘れてはならない選手がもう一人いる。カナダのジョアニー・ロシェット選手だ。真央選手とは僅差の3位に付けたが、彼女の演技も圧巻だった。し かも2日前に最愛の母親が急死するという悲劇に見舞われながら、パーフェクトの演技。演技中も、目から涙がこぼれ落ちるのが見えた。

 フィギュアスケートというのは、大観衆の前で一人だけで戦わなければならない最も精神力を必要とするスポーツの一つ。しかも肉親の死を乗り越えての自分 の心のコントロールをしながらの演技は、言葉で賞賛できるほど簡単なことではない。

 100年に1度の天才二人と、それを追う地元のヒロイン。遂に明日、女王対決は最終章を迎える。


松井政就
 '10, 2. 24(バンクーバー)

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