|
Vol.494 「未来への希望、色あせない記憶」 〜有馬記念・ブエナビスタ ラストラン〜
3月11日に起きた東日本大震災。
あの日ぼくは取材でシンガポール市内の美術館にいた。すると携帯が鳴り、「大地震が起きた!」と言われて切れた。驚いてかけ直すが通じない。友達や家族の誰にかけてもダメ。何が起きているのかわからずホテルに引き返すと、ロビーの大型テレビでは、日本の東北沿岸を飲み込んでいく巨大津波が映し出されていた。
地獄のような光景に人々は言葉を失っていた。容赦なく流されていく家や車や人々の姿。果たしてこれが現実なのかとぼくは自分の目を疑った。その数時間後に福島第一原発が爆発。立ちのぼる黒い煙。現地テレビのニュース番組には科学者が緊急出演し、メルトダウンが始まったことを告げた。ホテル従業員からも、「日本は大変なことになった。自分たちもつらい」と声をかけられた。未来がもう永久に失われてしまったのだとぼくは強い絶望感に襲われた。
あれから9ヶ月。年末が近づくにつれ、「未来」や「希望」という言葉を多く耳にするようになった。過去にこだわるより前を向こうという気持ちの現れなのだろう。
しかし、ここでぼくはふと立ち止まりたくなる。
前を向くことばかりが本当によいのだろうか。
未来や希望と言葉で言うのは簡単だが、確実な未来などどこにも存在しないし、希望なんてはかない願いのようなものだ。
むしろ今の自分の支えとなった過去や、すでに去っていったもののほうが重要なことも時にはあるのではなかろうか。
日本が悲劇に見舞われた今年、競馬の世界には新しい三冠馬オルフェーヴルが誕生した。荒削りで底知れぬレースぶりには未来を託したくなるし、有馬記念でも最も優勝に近いだろう。
しかし、そうした意見が増えるほど、忘れてはならないと思うのがブエナビスタだ。2歳時から3年にわたって日本競馬を支え続けたブエナビスタ。彼女なくして日本の競馬はあり得なかった。秋の天皇賞で4着に敗退し、もはや女王復権は難しいと言われながら見事にジャパンカップで復活した姿には、最後まで諦めてはいけないということを教えられた。
サラブレッドとしてのピークを過ぎた5歳牝馬にとって、フレッシュな三冠馬との対決は常識的には分が悪い。引退レースは勝てないという常識もある。
しかしぼくたちがブエナに魅了されてきたのは、彼女がそうした常識を何度も覆してきたからではなかったか。
原発でのインチキなどあらゆる常識を疑わなくてはいけないことを学んだ今年。
今日去りゆくブエナビスタには、最後にもう一度常識を打ち破り、「色あせない記憶」を残してほしい。そして来年から王座を引き継ぐオルフェーヴルに、チャンピオンのあるべき姿を教えてほしい。
松井政就
'11. 12. 25
|
|
松井政就(まつい・まさなり)
作家。会地小学校早退。
主な作品:
★『ギャンブルにはビジネスの知恵が詰まっている』(講談社プラスアルファ新書) ★『賭けに勝つ人 嵌(はま)る人』(集英社新書) ★ 『NO.1販売員は全員フツーの人でした。でも、売上げ1億円以上!なぜ?』 ★『ディーラーホースを探せ』 ★『経済特区・沖縄から日本が変わる』(以上、光文社) ★『神と呼ばれた男たち』等。 作品作りの傍らカジノプレイヤーとして海外を巡るほか、ビジネスアドバイザー、大学での講師などもたまに務める。
http://tjklab.jp/ |
|
|
|