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Vol.505 髭の濃い男 〜〜
駅前の量販店に大変髭の濃い男がいた。
ぼくのことだ。
午前の会議中に頬を触ると、朝剃ったばかりの髭がもう伸びていることに衝撃を受け、会議が終わって早々に電気カミソリを買いに来たのだ。
売り場に来た途端、前方にいた店員が「おっ!」という顔で小走り気味にやってきた。店員はぼくの髭をじろじろ見ながら、
「お客様のように髭が濃い方ですとこちらの機種がよろしいかと……」
その、あまりに売る気満々の態度に気が変わり、
「髭は伸ばそうかと思っているんですよ。せっかく濃いんだから、剃るのはもったいないですからね」
店員は眉を八の字にして、「では何をお探しに?」
「電気カミソリですよ」
「でもお客様は今、髭をお伸ばしになるとおっしゃったような……」
「頭を剃ろうと思っているんです」
店員はあっちに行ってしまった。
すぐに別の店員がやってきた。
彼は、ぼくが手にとっていた電気カミソリに目をやり、
「そちらの機種はどうのこうのでして、こちらの機種と比べるとどうのこうのです」
「ふうん」
「それで、あちらの機種はどうのこうのですが、向こうの機種はどうのこうのです」
「すごいね。あっちの機種はどうのこうのなんだ」
「はい。最新式です」
「でも、そんな技術があるのに、どうして原発は爆発しちゃうんだろうね?」
店員は去っていった。
すると今度は、頼みもしないのにフロア長みたいな人がやってきて、いかに最新式が素晴らしいかを説明しはじめた。
「じゃあ、それで剃ってみてよ」
フロア長(たぶん)は自分の髭で実演した。
「ご覧の通り、ツルツルです」
「じゃあ、こっちで剃ってみて」
フロア長はまた別ので剃り、自慢げに、
「こちらのほうが、もっとツルツルでしょ」
「でも、他人の髭じゃ何とも言えないな」
そう答えた瞬間、フロア長の目に、この獲物を絶対に逃すものかという猛獣のような色が浮かぶのを感じた。
その後30分以上もこんこんと説明され、ついにトイレに行きたくなり、フロア長が勧めるままに買ってきた。
フィリップスの丸い刃が回転するやつだ。
それがバカによく剃れるのだ。
松井政就
'12. 3. 14
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松井政就(まつい・まさなり)
作家。会地小学校早退。
主な作品:
★『ギャンブルにはビジネスの知恵が詰まっている』(講談社プラスアルファ新書) ★『賭けに勝つ人 嵌(はま)る人』(集英社新書) ★ 『NO.1販売員は全員フツーの人でした。でも、売上げ1億円以上!なぜ?』 ★『ディーラーホースを探せ』 ★『経済特区・沖縄から日本が変わる』(以上、光文社) ★『神と呼ばれた男たち』等。 作品作りの傍らカジノプレイヤーとして海外を巡るほか、ビジネスアドバイザー、大学での講師などもたまに務める。
http://tjklab.jp/ |
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