光文社 
FLASH 増刊号

2009年12月28日発売
男のロマン紀行 (取材・文:松井政就)
 「ハーレーダビッドソン博物館 フィールドオブドリームスの舞台」

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<表紙>

〜映画会社が突然来て『野球場を作らせてほしい」と〜 突き抜けるような青い空の下、大人の背丈よりも高いトウモロコシ畑がどこまでも続いている。その高さ2.5m。 暑い陽射しを受け、香ばしい匂いを放つトウモロコシをかき分けながら進んでいくと、突然視界がパッと開け、緑の芝が生えそろった小さな野球場が現れる。 ここはアメリカ合衆国アイオワ州北東部にある小さな街ダイアーズビルの農園。ケビン・コスナー主演の名作「フィールドオブドリームス」のロケ地となったあの野球場だ。 青年時代に父親と口論となって家を飛び出した主人公は、死ぬまで父親の顔を見ることがなかったことを悔やみながら生きていた。父親の死後、実家の農場に帰って細々と暮らしを続けていたある日、トウモロコシ畑の中を歩いていると謎の声が聞こえてくる。 “If you build it, he will come.” (それを作れば彼がやって来る)  その声を聞いた瞬間、彼は突然トウモロコシ畑を切り開いて野球場を作りはじめる。なぜそんなことをするのか全く理解できない周囲の人間は彼のことを嘲笑するが、そんな雑音をよそについに野球場を作り上げてしまう。  ある日のこと。暗闇に包まれた野球場で一人の人影が動く。1919年のアメリカ大リーグのワールドシリーズでの八百長疑惑で永久追放され、失意のままこの世を去った名手ジョー・ジャクソン外野手だった。彼こそ、亡き父親が愛してやまなかった名選手であったのだ。  これは実際にあったアメリカ大リーグの「ブラックソックス事件」を題材にした小説「シューレス・ジョー」を映画化したものである。野球がアメリカのスポーツの黄金期だった頃への憧れと父親への思いを通し、自分の意志を貫いた主人公を描いた往年の名作だ。  この野球場は、この映画のために本当にトウモロコシ畑を切り開いて作ったもの。農場の持ち主に聞いたら、ある日突然映画会社がやってきて、トウモロコシ畑を切りひらいて野球場を作りたいと言われたらしい。ただの小さな農場だったものがすっかり観光地となって自分たちが驚いているそうだ。 今でもたくさんのファンや家族づれがやってきて、柔らかく深い芝生の上を走り、転げ回り、トウモロコシ畑の中で歓声をあげている。  ぼくも走ってみた。柔らかい芝がクッションになって気持ちいい。走るだけで楽しくてたまらない。まるで少年時代にタイムスリップしたような気がしてスピードアップしたところ、足がもつれて芝生に転んだ。 全然痛くない。むしろ、何て気持ちがいいんだと思った。そのまま仰向けになると、青い空に吸い込まれていきそうになった。(取材・文 松井政就)
〜ハーレーダビッドソン博物館はライダーの生地だ〜  失業、詐欺、自殺など、暗いニュースばかりが流れる今の日本。そんな時、町を歩いていると聞こえてくる地響きのようなエンジン音。優雅なボディを見せつけるように一台のバイクがやってきて、まるで猛獣と出くわしたかのように人々の目を釘付けにさせながら、圧倒的な存在感とともに走り去っていく。 その名はハーレーダビッドソン。バイク乗りなら「いつかはハーレー」と思うのはもちろんのこと、バイクに乗らない人にとっても憧れの的だ。  100年に1度の経済不況と言われる現在も、日本国内でハーレーダビッドソンは前年度を上回る販売台数を記録し、’08年度では1万5,698台という新規登録台数を記録し、401cc以上のオートバイにおけるシェアナンバーワンに君臨している。大地も不況も蹴散らす別格の存在だ。 そんなハーレーが創業105周年を迎えた’08年の夏「ハーレーダビッドソン博物館」を完成させた。場所は五大湖の西側、ウィスコンシン州ミルウォーキー。ハーレーダビッドソンの聖地といわれる場所だ。さっそく潜入した。 まずは2階から。ここには創業期からの歴史的ハーレーが立ち並び、いきなり100年前にタイムスリップしたような気分になる。まず、ガラスケースの中に収められた自転車のようなマシンが目に入るが、これぞ記念すべきハーレーの第1号車。現在は雄大なボディを誇るハーレーが、生まれた頃はまるで自転車のようだったとは面白い。 展示はテーマ別になっている。禁酒法時代の酒の配達に活躍した(笑)という簡素なボックスがついた小回りの利くサイドカーもあれば、珍しいハーレーのスクーターもある。警察は昔から白バイだと思いきや、当時はハーレーの三輪車に乗っていたなど、展示を見ながら古きアメリカの社会も垣間見られる。  戦争で活躍したハーレーも鎮座している。米軍仕様のモデルはサイドカーの車輪も駆動するなど相当な機動力を発揮した。 1階に並ぶのは戦後のきらびやかなハーレーたちだ。終戦を境にハーレーはエンターテインメントとしての乗り物に変化していった。ひときわ目を惹くのが「ラインストーンハーレー」と言われる宝石の塊みたいな一台。ボディには光り輝く装飾が施され、そのままロックスターとともにステージに上がってしまいそうな逸品。  展示ブースの端にはハーレーの実車に乗る(またがるだけ)スペースも用意されている。重厚な一台に乗ってみた。その瞬間、背筋がぞくぞくしたのには驚いた。 はっきり言ってぼくはハーレーについては素人だ。しかも我が愛車はミヤタの自転車というありさまだ。そんなぼくでさえ、またがった途端にハーレーの魅力に取り憑かれてしまったのだから、バイク好きにはたまらないだろう。一度この味を知ってしまったら、もう他のバイクには乗れない気がする。ハンドルを握っただけで五感の全てを刺激されるような、まるで魂を揺さぶられるような存在感。時を忘れてはすっかりはしゃいでしまった。 黒い革のハーレーファッションに身を包んだ屈強な男たちが興奮気味に声を上げたので近づいてみると、映画「イージーライダー」で活躍した2台のチョッパーが迎えた。当時のままの挑発的な姿に、思わずうめき声を漏らしてしまった。 隣では顔を紅潮させた年配の男性がチョッパーを指さし、コレだよ、コレと言って夫人と手を取り合っていた。ハーレーに乗るのを家族や女房が反対する日本とは大きな違いだ。それもこれも、ハーレーはアメリカの国民的な乗り物だからだ。何だか羨ましい気がした。  ここにはハーレーの魂とともに男のロマンが満ちあふれている。シカゴから車で約3時間。ファンなら是非行ってみよう。 (取材・文 松井政就)
本邦初公開! ダイヤモンド・ジョー・カジノ チップ飛び交うカジノに潜入。いざ勝負! ‘08年に陸上に上がったダイヤモンド・ジョー・カジノ。カジノ客船だった頃よりデラックスで広大になったフロアには、テーブルゲーム80台、スロット975台などが置いてある。隣接するミネソタ州にはネイティブアメリカンのみが経営するカジノもあるが、このアイオワ州にはそうした制限はない。  カジノのディーラーは、腕前だけでなくジョークも一流。笑わされている間に、すっかり負けているということも度々。カジノはギャンブルであると同時に大人同士の社交の場。勝負の技術だけでなく、会話や立ち居振る舞いを磨くチャンスでもある。ディーラーやカクテルガールへのチップの支払い方にも、その人のセンスが試されたりするのだ。 アメリカのカジノといえばラスベガスが有名だが、ミシシッピ流域にもカジノがある。 アイオワ州ダビュークにある「ダイヤモンド・ジョー・カジノ」もその一つ。8,900万ドル(約80億円)をかけて’08年の12月に完成したばかりのカジノだ。 元は川に浮かぶカジノ客船だったが、船だと、すっからかんになっても下りられないなど、客にとって不便だったため、出入りがしやすい陸上に上がったのだ。 さっそく取材に駆けつけたところ、カジノには色んな事情を抱えたお客さんが遊びに来ているため、フロア内での撮影は一切禁止という。しかし「日本人が来た記憶がない」というので「協力してくれれば日本人客を増やしてみせる」とつい豪語。交渉の末、写真撮影が許可された。もちろん本邦初公開!  内部はラスベガスとそっくりの作り。ルーレット、ブラックジャック、クラップスなどポピュラーなテーブルゲームが約80台。ポーカールームも奥に控えている。テーブルゲームは難しくて……という初心者向けに、スロットも975台を揃えている。  レストランも5つ、バーも4つ。カジノをしながらここに住めるほど充実している。しかもお金持ちはミシシッピ川が見える特別室で遊ぶことができる。お金持ちでない人もボーリング(30レーン)や生バンド演奏のコンサートホールでのカラオケなどが楽しめる。  しかしカジノに来たなら何よりもギャンブルだ。勝っていざ凱旋と、まずはブラックジャックに参戦した。 配られたのは「A(エース)」と「8」。足して19。まあこんなもんだろうと思ったらディーラーは20で負け。よし、もう一度と続行すると、来たのはQ(クイーン)2枚。合計20で今度こそもらったと思いきや、ディーラーはAと10でブラックジャック。簡単に転がされてしまった。  向こうでは酔った大男たちが奇声を上げてサイコロを振っているのが見えた。クラップスだ。このゲームは2個のサイコロを振って、出た目の合計が7か11なら勝ちという遊びでアメリカでは古くから大人気。ちなみに「セブンイレブン」とはクラップスの別名だ。  さっそく参戦するといきなりぼくが投げる番。エイヤッと投げると出たのは7。「ヘイ、ボーイ」と大男にハイタッチされると、手首が折れるかと思うほどのクソ力。もう一度投げると出たのは11。「オマエ、天才だ!」と大男。ところが3回目に出たのは12。賭け金没収だ。「まあいいさ、一回くらい」しかし次も2で賭け金没収。「おい、みんな、コイツはただの男だ」大男はすっかりご機嫌斜めだ。その後も思うようにサイコロが転がらず、サイフはすっかり薄くなる。エライ目に遭った。何とか盛り返さないと……。 残るゲームはルーレットだ。出目の流れを見ていると「赤」ばかりが5回続いた。すると客が一斉に「黒」に賭けた。逆張りというやつだ。その瞬間、ディーラーがわずかにニヤリとしたように見えた。「ええい!」ぼくは残ったチップを全部「赤」に賭けた。すると……「おお、神よ!」玉は赤に転がった。  冷や汗ものの勝利をあげ、さあ帰ろうと取材班を探したがどこにも姿が見あたらない。カジノに熱中している間にみんなホテルに帰ってしまったのだ。時計の針は深夜2時。こうしてミシシッピの夜は更けていった。(松井政就・作家)